2018-04-23

御菓子つちや

大垣俵町に本店を構える「御菓子つちや」は岐阜銘菓「柿羊羹」をはじめ、季節に合わせた和洋さまざまなお菓子が並びます。老舗として昔からの味を守りつつ、常に新しさを追い求める先代の姿勢は創業から260年以上が経った今も確実に受け継がれています。

創業は1755年。本店を構えるのは大垣城の南側、駅からはやや離れた閑静な通りです。

明治時代に建てられた、ずっしりと重厚感ある佇まい。

大垣市の景観遺産に登録されています。

 

「槌谷家は昔から新しいもの好きだったみたいです。よく見ると明治時代に作られた店頭の看板にもローマ字が入っているんですよ。」と話すのは9代目の槌谷祐哉さん。

今では銘菓として大垣では馴染み深い柿羊羹も、当時、果物を羊羹にするというのは革新的なアイディアでした。

 


店頭の看板。「KAKIYOKAN」とローマ字で彫られている。先代は、大垣祭りのお囃子の練習帳もローマ字で書いていたのだとか。

柿羊羹が誕生したのは1838年。原料の「堂上蜂屋柿」は柿一個が、米一升と同じ価値の年貢の代わりに朝廷に納められるくらいの高級品だったそうです。製法は今も当時のまま。色づいた大きな柿を一個一個丁寧に皮をむき、天日干しにして干し柿にします。干し柿にすることで、甘さが増し繊維の少ない滑らかな食感になるのです。

竹の容器は5代目から使われているもの。5代目の親友で、竹の研究家であった坪井伊助翁から「竹と柿は相性がよいから、近くで育てると、竹も育ち柿も甘くなる」という言葉を受け、柿羊羹専用の容器が生まれたというエピソードが残っています。

 

大垣市街地は菓子処が多く立ち並びますが、これには大垣の町の歴史が密接に関わっています。

つちやさんはもともとは大垣城主、戸田藩へ納めるため、完全受注制で和菓子をつくっていました。ところが、明治時代初期に廃藩置県が行われ、一番のお客さまであった戸田藩が大垣から去ってしまいます。その後、大垣は企業誘致で紡績業の日本有数の生産地に。全国から紡績工場に集団就職で工員さんが集まるほどでした。

この頃から、工員さんが盆暮れに帰省する際に喜ばれる洋菓子「おゝ垣」などのお菓子をつくるようになったのだそう。

現在は和洋の枠にとらわれない新しい商品の開発にも積極的に取り組まれています。

数ある商品のなかで、近年、全国的に話題となっているのが「みずのいろ」というお菓子。

水の都大垣ならではの和菓子として考案されました。一見和菓子らしからぬ鮮やかな色合いですが、製法としては寒天を使った、れっきとした和菓子。

水の不定形さを表現するために、ひとつひとつ職人さんが手作業で丁寧につくります。そのため、生産量に限りがあり、注文は予約制。食べるのがもったいないくらいの美しさです。

「みずのいろ」からは脈々と受け継がれてきた歴史を守りつつ、新しい挑戦をし続ける、つちやさんの御菓子づくりへの姿勢が垣間見えます。

 

店頭には、このほかにも季節を感じるものや、大垣らしいお菓子が種類豊富に並びます。

大垣を訪れた際には、ぜひ足をお運びください。


御菓子つちや 俵町本店

住所:大垣市俵町39番地

営業時間:8:30~19:00

HP:https://www.kakiyokan.com/index.html

関連記事